ランニングエコノミーをできるだけシンプルに説明してみた

ランニングエコノミーってなんでしょうか。なんで大事なのでしょうか。エコノミーとはある速度で運動している時のエネルギー消費です。エネルギー消費を直接測る方法がないため、科学者は体が酸素をどれだけ取り込んだのかを測って(=VO2)推測しています。

ある人がランニングを始め、練習を積んで足が早くなる・・・その時に何が起こるのでしょうか。VO2maxが上がる、と考える人は多いかと思います。確かに、運動習慣がない人が運動を始めるとVO2maxは大きく上昇します。

左(練習を始める前)と右(練習してVO2maxが改善した)では、10km/hで走るとき、以前は67%の努力が必要だったのに、足が早くなった時には58%の努力で走れるようになっています。すなわち、楽になっていることがわかるかと思います。(非常に単純化した仮想のデータです)

しかし、20代後半以後である程度トレーニングしているアスリートは、VO2maxは変わらなかったり、加齢に伴い低下する傾向にあります。ポーラ ラドクリフがオリンピアンになる過程で、VO2maxは変わらず、エコノミーが改善したことが示されています。エコノミーの改善こそ長期的な成長の鍵なのです。

エコノミーが改善するとはどういうことでしょうか。ランニングエコノミーが改善する前(青)、改善した後(オレンジ)を示します。10km/hrで走る際に必要な努力が67%から50%になり、楽になっていることがわかります。(これも非常に単純化した仮想のデータです)

ではエコノミーはどのように決まっているのでしょうか。相当な部分は遺伝ですが、トレーニングで改善できる部分もあります。エコノミーは以下のような多くの要因で決まっていると考えられています。

エコノミーを決める因子(Saunders 2004より改変)

  • トレーニング
    • プライオメトリクス、ウェイトトレーニング、トレーニングの時期、スピード、ボリューム、坂練習
  • 環境
    • 高度、暑さ
  • 生理学
    • VO2max, 思春期の成長歴、代謝、ランニングの速度
  • バイオメカニクス
    • 柔軟性(適度な体の硬さ)、体のバネ、ランニングフォーム、地面からの反発力
  • 体型
    • 四肢の長さ、筋肉の丈夫さ、靭帯の長さ、体重と体脂肪率

エコノミーの改善のためにはフォームの改善が大事、とする主張をよくランニング雑誌やSNSを見ます。しかし、フォームはエコノミーを決める数ある要因の中の一つでしかありません。

エコノミーを改善する上で最も重要なのは高いトレーニングボリュームと、それを続けてきてきた期間です。高いボリュームの練習に、プライオメトリクスやウェイトトレーニングを加えることで、さらなるエコノミーの改善が得られることが示されています。その理由は、脳や脊髄レベルでの適応を促すこと、筋肉や靭帯の構造的な適応を促すことにあると考えられています。

体が適応できる範囲でランニングの量を漸増することに加え、エコノミーの改善を目的とした補助トレーニングをいれることを私はお勧めします。といっても、バーベルを触ったこともない人がいきなりゴールドジムに行って100kgを担ぐのはお勧めしません。適切なメニューはアスリートのレベル、トレーニング歴により大きく異なるので、よくよく慎重に導入しましょう。

参考資料

Saunders, P. U., Pyne, D. B., Telford, R. D., & Hawley, J. A. (2004). Factors Affecting Running Economy in Trained Distance Runners. Sports Medicine, 34(7), 465–485. doi:10.2165/00007256-200434070-00005

筋グリコーゲンを意識した練習

“Endurance is a metabolic quality”

「持久力とは代謝の性質である」

Steve House & Scott Johnston. Training for the Uphill Athletes (2019)

 

マラソンのトレーニングをして足が早くなった時、体のどこが変わったのでしょうか。心肺機能、という答えが多そうです。しかし、あなたが何年も走ってきたなら、心肺機能は発達しきっている可能性が高く、変わるのは主に筋肉です*。毛細血管の発達、ミトコンドリアの数の変化、代謝酵素の変化などが知られています(1)。すなわち、トレーニングすることで組織、細胞、分子のあらゆるレベルで筋肉に変化が起き、運動の効率が高まるのです。

この変化を誘導するには、何ヶ月〜何年も継続的に走ることが最も重要です。最近の研究で、筋肉のグリコーゲン量を意識することでトレーニングの効果が高まる可能性が示されています。

グリコーゲンはグルコースが連なった巨大な分子で、エネルギーの貯金のようなものです。グリコーゲンは肝臓と筋肉に貯蔵されており、それぞれ役割が異なります。

筋肉

朝起きたらお腹が減っています。この時、肝臓のグリコーゲンは減っていますが、筋グリコーゲンは減っていません。ですが、ハーフマラソンを完走した後や、インターバル走、ロング走をした後は筋グリコーゲンが減っています。筋グリコーゲンが減った状態で行う練習に効果があるのではないか、という研究が続いているのです。

有名なのがHansenらの研究です。運動習慣のない被験者を対象に片足を1日2回、週3回練習させ、もう片足を毎日1回、週5回練習させて結果を比べています(2)。被験者は朝食を食べずに練習し、その日の練習が終わるまで食事をとりません。どちらの足も2週間の練習は10回で同じです。ですが、10週後のトレーニングで1日2回側では、毎日側に比べて疲労するまでの時間が66%も長くなっていました。筋生検では1日2回側で筋グリコーゲン量、代謝酵素の上昇が見られました。

この差が出た原因として、1日2回練習する側では2回目の練習は筋グリコーゲンが減った状態で始まるからではないかと考えられています。すなわち、トレーニングや食事のタイミングを工夫して筋グリコーゲンの量を調節するだけで効果が高まる可能性を示唆しているのです。

この知見を活かすため、以下のような練習を週1回ほどいれてはどうでしょうか。こちらが巷で有名な”Sleep low”戦略です(3)。

  1. 夜にインターバル走して筋グリコーゲンを燃やす。その後は炭水化物の摂取は控えめに。次の日の朝、筋グリコーゲンが低い状態でジョギングする。

仕事や家庭のスケジュールによっては、夜=>朝練習はキツイかもしれません。休日をこのように計画することもできます。

  1. 休日、朝食を食べてからインターバル走・テンポ走などして筋グリコーゲンを燃やす。3,4時間休んでから改めてジョギングする。そのあと昼食を摂る。

いずれにしても、1回目のセッションの前はしっかり食べて、狙い通りの強度で練習をすることが重要です。

私が試した印象では、低グリコーゲン練習は100マイルレースの後半を走るときの感覚に近いと感じました。体だけでなく、精神も鍛えられるかもしれません。

 

*注 実際はより複雑です。トレーニングで脳神経系、内分泌系、免疫系にも変化が起こることが示唆されています。

 

  1. Hawley JA, Lundby C, Cotter JD, Burke LM. Maximizing Cellular Adaptation to Endurance Exercise in Skeletal Muscle. Cell Metab. 2018;27(5):962-76.
  2. Hansen AK, Fischer CP, Plomgaard P, Andersen JL, Saltin B, Pedersen BK. Skeletal muscle adaptation: training twice every second day vs. training once daily. J Appl Physiol (1985). 2005;98(1):93-9.
  3. Marquet LA, Brisswalter J, Louis J, Tiollier E, Burke LM, Hawley JA, et al. Enhanced Endurance Performance by Periodization of Carbohydrate Intake: “Sleep Low” Strategy. Med Sci Sports Exerc. 2016;48(4):663-72.

 

すれちがったランナーからコロナウイルスに感染する?

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前回、「ランナーの吐く息からウイルスが出ているのでマスクをして走った方がいい」という主張は根拠がないものだと書きました。結局、ランニングは安全なのでしょうか。というより、そもそもどこでCOVID-19に感染するのでしょうか。最近、この問題について論文が2報でています。いずれも査読前のプレプリントですが、それなりにちゃんとした仕事です*注。

結論として、COVID-19感染のほとんどが屋内でおき、大半は家庭や職員寮といった住居環境です。

1報目では中国の7,324症例の記録を分析しています(1)。そのうち屋外で起きたものは2例 (0.027%) だけです。公園で会話をした、とあります。

2報目では世界中の152のクラスター事例を分析してます(2)。そのうち屋外で起きたものは7件 (4.6%)です。屋外のうち4件は工事現場です。

152のクラスター事例のうちスポーツに関連するものは6件 (3.9%) で、そのうちランニングが関連するものは1件のみです。残り5件はズンバ、ジム、ボルダリングなど屋内のスポーツです。

このランニングで感染した、という事例について原文を調べてみました(3)。イタリアの出来事で、「感染者と一緒に走ったパートナーが感染した」とあります。

全体として、屋外での感染は非常にまれだが、感染者と長い時間過ごすような状況で起こることがあるかもしれない、といった程度です。工事現場がそれにあたるでしょう。ランニングでも極めてまれながら、感染者と一緒に過ごす時間が長いと感染する場合があるようです。

以上から、散歩やジョギングの危険はほとんどないだろう、と考えます。すれちがうランナーを恐れる必要はないのです。ただし、ランニングイベントは控えた方がいいでしょうし、ほかの人と十分な距離をとることは大事でしょう。

*注

2の論文には気になる点があります。2は新聞記事を含む幅広い情報源を対象にしたメタアナリシスです。新聞記事まで対象に含めるとは珍しい手法ですし、出版バイアスの影響を強く受ける恐れがあります(=珍奇な事例ほど出版されやすい)。

また、1にしろ2にしろ社会の状況や文化に強い影響を受けます。例えば、「学校を閉鎖していたから学校のクラスターが少ない」のか「学校でクラスターは発生しにくい」のかは区別しにくいのです。

そのような限界はあるものの、散歩、ランニング、サイクリングが感染拡大に果たす役割は極めて低いと考えます。ジョギングしている人は多いですが、それに関連した感染拡大が現実に観測されていないからです。熊本マラソンや東京マラソンに関連した感染拡大も観測されていません。

 

  1. Qian H, Miao T, LIU L, Zheng X, Luo D, Li Y. Indoor transmission of SARS-CoV-2. medRxiv. 2020:2020.04.04.20053058.
  2. Leclerc Q, Fuller N, Knight L, null n, Funk S, Knight G. What settings have been linked to SARS-CoV-2 transmission clusters? [version 1; peer review: awaiting peer review]. Wellcome Open Research. 2020;5(83).
  3. Coronavirus: inquiry opens into hospitals at centre of Italy outbreak. The Guardian.

 

Trans Lantauに行くの止めました

Gaoligon by UTMBが延期になりました。Trans Lantauは1月30日付のメールで開催予定である旨のアナウンスがありました。しかし、私は行かない方向で考えています。

2020年1月31日に日本外務省が香港を含む中国全域を感染症危険レベル2(不要不急の渡航中止)に指定しました。アメリカ疾病予防管理センターでは中国全域を警戒レベル3(不要不急の渡航中止)としていますが、香港は警戒レベル1(通常通り)のままです(2020年1月31日16時)。香港での新型コロナウイルスの患者は10人と日本より少ないくらいです。その上、現在、香港は中国本土からの渡航を遮断しています。香港で新型コロナウイルスに感染するリスクは日本と同程度か日本より低いのではないかと思います。

だいたい、前回も書いた通り、インフルエンザの方が桁違いに頻度が高く、熱が出たとしてもインフルエンザや風邪である可能性が高いのです。実際、日本からチャーター便で武漢から帰国し症状があった12人のうち、新型コロナウイルスの陽性者は1人です(記事)。

一方、マラソン後は風邪をひきやすいことが知られています。マラソン後の1週間に12.0%のランナーが感冒様症状を報告したという疫学研究もあります(Nieman DC. J Athl Train. 1997;32:344–349.)。Trans Lantauに参加して風邪をひく可能性はそれなりにあるといえます。外務省が感染症危険レベル2とする地域に旅行して感冒様症状が出てきた場合、飛行機に乗れない、あるいは帰国したとしても隔離を要するなど相当な不都合が予想されます。

SARS流行時の経過を考えると、危険レベルの引き下げは少なくとも1〜2ヶ月を要すると予想します。SARS流行時はWHOの勧告に連動する形で日本外務省の勧告が出ていました。今回はWHOが渡航制限を勧めない中で、日本が独自に発出した渡航中止勧告です。科学的な根拠を欠いた渡航中止勧告ですので、勧告を取り下げる根拠を探すのにも苦労しそうです。すなわち、渡航中止勧告が長期間続くことも予想されます。

以上を勘案すると、医学的、科学的な理由はとにかく、社会的な理由でTrans Lantauへの参加は取りやめざるを得ない、と考えています。相当準備してきただけにとても残念です。UTMFの二次抽選が当たったらいいな、と思います。今年のUTMFには、私が以前当ブログで提唱したITRAインデックスに基づくブロックスタートが採用されていて、どの様に機能するか興味があります。

中国レースへの出場を見合わせるべきか

東北大震災があったとき、アメリカの友人から安否を尋ねる連絡がありました。ひどく心配した様子です。私は大阪に住んでいたので、被災地から500kmも離れた場所で平和に日常生活を送っていました。しかし、アメリカのニュースでは津波や原発の映像が繰り返し放映され、視聴者にはあたかも日本全土が災害で被害を受けたように見えていたのでした。

2月末に香港で開催されるTrans-Lantau 100kmに出場予定で、武漢市の新型肺炎のニュースに頭を悩ませています。Gaoligong by UTMBに出られる方も同じ思いではないでしょうか。ネットニュースやテレビは耳目を引くために極端な意見や表現を使うことが多く、必ずしも正確とは言えません。新型肺炎リスクを評価する際も、冒頭に述べたようなバイアスに気をつけるべきです。

結論として、現段階(2020年1月24日)の情報では、武漢市が属する湖北省以外への渡航を控える必要はない、と考えます。日本の外務省からは武漢市が属する湖北省への渡航を中止するよう勧告がでました。アメリカ疾病管理予防センターは武漢市をレベル3に指定し、不要不急の渡航を控えるよう呼びかけていますが、それ以外の地域はレベル1で通常通りの対応を勧めています。実は日本は中国より高いレベル2で、アフリカと同じ水準の警戒を勧められています。風疹の流行地帯だからです。

そもそも、武漢市に渡航して新型肺炎に感染するリスクよりも、日本の街中でインフルエンザに感染するリスクの方が高いとも推定します。厚労省の推計では1/13-1/19のインフルエンザ患者は全国で63.8万人です。先週、日本では人口10万人あたり毎週500人がインフルエンザにかかったのです。

さて、武漢市の人口は1108万人です。ロイターによると1月23日時点での新型肺炎の発症者は累積で830人です。仮に830人全てがこの1週間で武漢市内で感染したというおかしな仮定をしてリスクを極端に過大評価したとしても、人口10万人あたり毎週7.5人が感染したことになります。仮に捕捉率を低く見積もって20%としても、人口10万人当たり毎週37.5人が新型肺炎に感染したことになります。要するに、日本でインフルエンザにかかる可能性は、武漢市で新型肺炎にかかる可能性の10倍以上なのです。

ですので、現状(2020年1月24日)では武漢以外の地域への渡航を控えるほどでもなく、旅行中は手洗いや手指消毒などの対策を徹底することが大事であると考えます。また、インフルエンザが流行し、麻疹、風疹の危険地域である日本に住む我々にとって、手洗いは普段から大事であるとも改めて強調します。

今後情勢が変化する可能性は大いにあり、アメリカ疾病予防管理センター外務省の最新情報をチェックして最終的な決定をするのがいいでしょう。

ランナーがハチにどう備えるか

トレイルランニング中に蜂に刺される人は結構いるようです。なかにはアナフィラキシーらしい症状を呈する人もいて、ハチ対策は大事と思います。しかし、本や雑誌には色々なことが書いていて、何が本当なのかはっきり分からないのです。特に気になる二つの疑問を中心に、信頼できる資料を調べてまとめました。

今回の記事は以下の資料を検討して書いています。

  1. Breisch NL, Greene A. Stinging insects: avoidance [internet]. UpToDate. [Cited 9 Sep 2019]. Available from: https://www.uptodate.com/contents/stinging-insects-avoidance
  2. Buttaravoli P et al. マイナーエマージェンシー 原著第3版. Elsevier;2015.
  3. O’Neil. You’ve been stung [internet]. US army. 2017 [cited 9 Sep 2019]. Available from: https://www.army.mil/article/192172/youve_been_stung
  4. Visscher PK, Vetter RS. Smoke and target color effects on defensive behavior in yellowjacket wasps and bumble bees (Hymenoptera: Vespidae, Apidae) with a description of an electronic attack monitor. J Econ Entomol 1995; 88:579.
  5. 夏秋優. 虫と皮膚炎. 秀潤社;2013.

ポイズンリムーバーは有効か

全くデータはないです。”bee sting” “suction” “aspiration”などで検索しても学術論文は見当たりません。面白いことに、ポイズンリムーバーは主に日本で使われていて、英語圏ではほとんど売っていないようなのです。実際、今回検討したすべての資料で、吸引装置についての言及はありません(1, 2, 3, 5)。

生物はたんぱく質や脂質の膜につつまれた水の袋です。毒が注入されると間質液にすぐ拡散するので「毒を吸いだす」ことなど無理ではないか、と想像します。また、刺された部位にポイズンリムーバーで陰圧をかけると組織に損傷を生じ、炎症が強くなったり感染する危険もありそうです。

結論として、有効性を支持するデータが全くなく、有効であると信じる理由も乏しく、害はあるかもしれないのでハチ刺傷の治療としてポイズンリムーバーを使うのは全く推奨しません

服の色は関係あるのか、どの色がいいのか

日本ではハチ刺傷を避けるために黒い服を避けるように、とよく言われます。面白いことに、英語圏では明るい色の服や花柄の服を避けるように、とのアドバイスが一般的です(2, 4)。この理由として花のような鮮やかな色にハチが引き寄せられるからだ、とされています。これに対し、1は興味深い意見を示しています。ハチの視覚は紫外線~緑色の波長に敏感で、明るい色に反応しない筈だというのです。私もこの意見に納得しました。

さて、黒い服はどうでしょうか。怒ったハチが黒いものを攻撃する、という意見を日本ではよく聞きます。目、鼻の孔、耳の穴をハチが攻撃するのは、黒いからだという意見があります(1)。黒い卓球ボールと白い卓球ボールを並べて、ハチの巣を刺激すると黒いボールばかりが攻撃される、という研究があります(4)。もっとも、このデータをもとに黒い服だと刺されやすいと主張するのは厳しいと感じます。実験ではハチは黒いところを攻撃するのですが、ハチがさすのはおもに顔、腕、足などの露出部であり、黒い服を着ている部位ではありません。

日本と海外で真逆の意見が流布していることより、服の色とハチに刺されるリスクの関係は非常に弱いものではないかと想像します。ですが、黒い服が不利かもしれない理由がそれなりにあり、黒い服を避けるデメリットが特にないことから、黒い服を避けるのは考慮してもよいのではないか、と考えます。

予防は可能か

ハチの巣との接近を避ける、香水をつけない、といった対策は有効なようです(1)。しかしランナーにはあまり役立たないアドバイスです。DEET入りの忌避剤の効果も明確ではありません(1)。

ランナーができる予防策としては、これくらいでしょうか

  • 集団で走る。巣を刺激してもターゲットが分散するかもしれないので
  • サングラスで目を守る。できるだけ肌を服でカバーする

おそらく最も有効な対策は、コース上のハチの巣を駆除することかと思います。

刺されたらどうしたらよいか

ランニング中に刺されたと仮定します。もし毒針がついていれば直ちにつまんで除去しましょう。

刺されたところが腫れていて痛い、かゆいだけであれば特段の処置はいりません。しかし、全身にぶつぶつがでた、息がぜーぜーする、声が枯れる、腹痛がある、気が遠のきそうになるなどの症状がある場合は、ハチ刺傷に関連するアナフィラキシーの疑いがあり、直ちに医療機関を受診すべきです。

刺されたところが腫れているだけであれば、ランニング後も特段の処置はいらず、病院に行く必要もありません。帰宅したら氷水で冷やす、刺された部位をできるだけ心臓より高い位置に置くようにする、程度の対処で数日以内に症状は軽快します。また、次にハチが刺された場合にアナフィラキシーが起こるリスクが特段高まるわけでもないので心配はいりません。

一方、先に述べたようなハチに刺されてアナフィラキシーを呈した方の場合、次に刺されたときにもアナフィラキシーを発症する危険があり、場合によっては死亡することもあり得ます。医療機関を受診してエピペン(エピネフリンを自己注射する製剤)が必要か、医師と相談してください。

ランナーが4か月ダイエットしてみた結果

以前の記事で、ランナーが走るだけで体重を減らすのは難しいと書きました。体重を減らすには食生活のコントロールが必要です。5月から実践した結果、66.5 kg => 62.4kgに体重が減り、体脂肪率がInbodyの計測で15% => 12%に減りました。毎月2kg減らすという目標には届いていませんが、結構順調と考えています。

減量を意識して4か月過ごし、色々と気づきがありました。

1. 食事をそれほど減らさなくていい

食生活の問題は人によりさまざまですので私個人の話と割り切って読んでください。私の余計なカロリーの摂取源は酒とおやつでした。例えばビール1缶(350ml)は140kcalで、おにぎりに近いカロリーがあります。週に7本飲むと1000kcalも余計にとることになります。職場にはよくお土産のお菓子が置かれており、毎日のようにつまんでいました。これらも相当なカロリーがあったようです。酒とおやつをカットするだけで体重が減ることに気づき、食事の制限は最近していません。今実践しているルールは以下です。

  1. 飲むカロリー(酒、ジュースなど)をできるだけ避ける
  2. 小腹が減った時の間食はナッツかプロテインバー
  3. 外食でカロリー爆弾を食べた時は、次の日の食事を減らしてつじつまを合わせる
  4. レース後も食生活の規律を乱さない

2. 減量すると筋肉も減る

体重は4.1kg減りました。体脂肪率から計算すると体脂肪は2.5kgしか減っていません。この差1.6kgは筋肉の損失と推測されます。実際、お尻が小さくなったなと思います。ランニングのパフォーマンスという観点からはさほど問題ないでしょうが、長期的な健康には問題がありそうです。筋肉の減少を防ぐため、たんぱく質の摂取量を多くするよう心がけていましたが、それだけでは不十分なようです。ウェイトトレーニングもした方がいいのかもしれません。

3. 意外と足が速くならない

一番残念だったのがこれです。体重減少はランニングエコノミーの改善につながると考えてダイエットを始めたのですが、今のところ効果を実感できていません。筋肉が減ったこととも関係があるのかもしれません。もっともベンチマーク的なレースに出ていないので、今年のマラソンシーズンには効果を実感できるかもしれません。体脂肪率10%程度まではダイエットを進めようと考えています。

ランナーが将来の健康のためにできる簡単な二つの対策

ランニングは健康によい趣味です。ランニング習慣がメンタルヘルス、代謝、筋骨格系、心肺機能に良いことは繰り返し示されています。しかし、いろいろなランナーとお付き合いする中で気になるのが、紫外線のリスクを気にしない人が多いことです。

紫外線は発がん性のある電磁波

WHOの分類で紫外線はGroup 1 (確実な根拠のある発がん物質)に分類されています。具体的には皮膚がん、ブドウ膜黒色腫(目のがん)の原因になります。

いずれも割と珍しいがんですので、自分とは関係ないと思われるかもしれません。がんだけでなく、紫外線は以下の大きな原因でもあります。

  • しみ
  • しわ
  • ほくろ
  • 老人性いぼ
  • 首いぼ
  • 白内障
  • 加齢性黄斑変性症(目が見えにくくなる病気)

顔や手の甲にしみ、ホクロが多いと思いませんか。それは、顔や手の甲は服に隠れず紫外線をよく浴びているからです。

紫外線を浴びるメリットはない

紫外線を浴びると皮膚でビタミンDが合成されます。ビタミンDはくる病をはじめ、がん、心血管障害などの予防になります。

ですので、紫外線を浴びると体に良い、という説を聞いたことがあるかもしれません。あるいは、昔は日焼けした子は健康などと学校では言われていました。紫外線を浴びるメリットとデメリットのバランスはどうなっているのでしょうか。

これについてはイギリス皮膚科学会誌から決定的な論文が最近出ています。今までの多数の臨床研究を総合し、日焼け止めを使ってもビタミンD欠乏症にはならないと結論しています。

ビタミンDは口から入る分が多いこと、日焼け止めを使ってもある程度は紫外線が皮膚にあたっていることが原因と私は推測します。日本で普通の生活をしている人なら、ビタミンDを作るためにわざわざ紫外線を浴びる必要はないのです。

紫外線防護の基本は5S

皮膚がんが多いオーストラリアでは昔Slip, Slop, Slap, Seek, Slideというキャンペーンがありました。

紫外線から体を守るために以下が大事だということです

  1. シャツを着る(slip)
  2. 日焼け止めを塗る(slop)
  3. 帽子をかぶる(slap)
  4. 影や屋内で過ごす(seek)
  5. サングラスをつける(slide)

この中でも特に2と4はランナーが今日から実践できる重要な対策です。

大事な道具1:サングラス

サングラスは目に入る紫外線を大幅に減らしてくれます。それに加え、目の周りの皮膚も紫外線や外傷から防御してくれます。サングラスはまぶしさ対策ではなく、紫外線対策と考えてください。

トレイルレースを見ていて残念になるのが、サングラスをおでこに着けている人が多いことです。おでこに目は付いていません。これでは無意味です。

暗いサングラスをつけると、トレイルで足元が見にくいのが原因ではないでしょうか。トレイルランニングでは暗いレンズではなく、クリアレンズをお勧めします。クリアレンズでも紫外線から目を守ってくれます。以前は暗さが変化する調光レンズも試しましたが、木陰に入った時など見づらいと感じました。クリアレンズですと、100マイルレースでの様々な時間帯、環境に対応できてとても良いのです。夜の吹雪にも対応できますしお勧めです。

残念ながら、クリアレンズがついた状態で売っているサングラスは少ないです。私はオークリーのパフォーマンスモデルにクリアレンズをつけて使っています。

大事な道具2:日焼け止め

日焼け止めは皮膚の美容、皮膚がんの予防に決定的に重要です。日焼け止めは日焼けを予防するのではなく、肌を紫外線ダメージから守ってくれるものと考えましょう。

特段高価なものを選ぶ必要はないと思います。コンビニや薬局の店頭で買えるもので十分です。ランニングで使う日焼け止めに重要なのは、ウォータープルーフであることです。でないと汗ですぐ流れてしまいます。パッケージに「ウォータープルーフ」「スポーツ用」などと書いているものを選びましょう。

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曇りの日でも紫外線は降ってきています。早朝でも曇りでも必ず毎回日焼け止めを使いましょう。

日焼け止めをたっぷり塗ること、可能であればスポーツ中に塗りなおしをすることも大事です。SPFやPAという指標がパッケージに書いています。どのくらい日焼け止めが紫外線から守ってくれるかを示す数値です。これはたっぷり塗った際の性能なのです。薄く塗っては十分な効果が出ません。スポーツ前に二度塗りすることを勧めます。

ウォータープルーフの日焼け止めも汗で流れたり、触ったりすることで落ちていきます。100マイルレースではドロップバッグに日焼け止めを入れて塗りなおしをしています。さらに念入りな人は、日焼け止めをザックに忍ばせて数時間ごとに塗りなおすといいでしょう。

私は普段の練習、レースでこれらの対策を実践しています。10年後、20年後に健やかな肌、よい視力を保つのにきっと役立ちますので、ランナー全員に実践していただきたいと切に願っています。

マラソン菌を増やしたい

高名な医学誌Nature Medicineに極めて興味深い論文が出ています。ある種の細菌がランナーの腸内に多く、走る助けになっているのではないかというのです。

SCHEIMAN, Jonathan, et al. Meta-omics analysis of elite athletes identifies a performance-enhancing microbe that functions via lactate metabolism. Nature Medicine, 2019 [online first]

以下が論文のまとめです。

  1. マラソン後の腸内細菌叢にVeillonella atypica (V. atypica)が多いことがわかった
  2. V. atypicaをマウスに移植すると持久力が改善した
  3. ウルトラマラソン、ボート競技の選手でショットガンメタゲノム解析を実施した。 V. atypicaが運動後に増えていた。メチルマロニルCoA経路の酵素が発現上昇していた
  4. V. atypicaは乳酸を唯一の栄養源とする細菌である。放射線同位体でラベルした乳酸が腸内に移行するのを確認した。すなわち、筋肉で作られた乳酸が腸内に行く可能性が高いことが分かった。
  5. 3, 4からV. atypicaの持久力改善効果は乳酸の代謝産物であるプロピオン酸を介しているのかと考え、プロピオン酸をマウスの肛門から導入したところ持久力の改善が見られた。

マイクロバイオームは門外漢なのですが、私が精読した範囲では信用に足る研究と感じました。覚えにくいので以後V. atypicaをマラソン菌と呼ぶことにします。

この論文を読んでマラソン菌をどうやったら増やせるのか気になりました。残念ながら、マラソン菌はほとんど研究されていない細菌のようです。文献を渉猟してわかったのは以下です。

  1. 口腔内、腸内の正常細菌叢に存在する
  2. グラム陰性の嫌気性菌である
  3. 歯周病、感染性心内膜炎の起因菌となる場合がある

そもそも、マイクロバイオームと病気、健康との関連は色々と報告があるのですが、改善するためにどうしたら良いかはほとんど分かっていません。現在わかっているのは以下です。

  • プロバイオティクス(ヨーグルト、乳酸菌サプリメント)が腸内細菌叢にそれなりに影響がありそうであること
  • 抗菌薬(抗生剤)の悪影響は極めて大きいこと
  • 繊維の多い食事が腸内細菌叢の改善に有効であること

以下は私のワイルドな想像です。マラソン菌は乳酸を栄養とする細菌ですから、単純に乳酸が増えるような活動をしたら増えるのではないでしょうか。

  1. 腸内の乳酸菌を増やして腸内の乳酸濃度を上げる
  2. 乳酸の多い発酵食品を食べる(ヨーグルト、チーズ、漬物など)
  3. インターバル走のような嫌気的解糖が起こる練習メニューの頻度を上げる
  4. 抗菌薬をできるだけ避ける

どれもさしたる害はないので実践してみたいと思います。

ランナーのダイエット法がシンプルすぎて炎上!

前回の記事でランニングでは痩せないと書きました。ネガティブなトーンばかりではよくないので、今回はランナーが痩せる方法について書きます。ただし、インターネット広告にあるような秘密の超簡単ダイエット法ではありません。

前回の繰り返しになりますが、運動でのカロリー消費は少なく、運動だけで痩せるのは非常に難しいです。痩せるには食事を減らす必要があります。1回マラソンを走るよりも、毎日おにぎり1個分のカロリーをカットするのを1ヶ月続ける方がよほど効果的なのです。

しかし、ベテランランナーはすでに練習と食事に一定の均衡を確立しているため、現状よりも体重を減らすには意識的な努力が必要です。それでも、100g軽い高級レインウェアに5万円投資するよりも、1kg体重を減らす方がランニングへの効果は高いはずです。

ではランニングに最適な体脂肪率はどの程度でしょうか。ボディビルのコンテストに出るわけではないので、痩せすぎも持久力に悪影響がありそうな気がします。これについて100マイルレースの参加者の体重、体脂肪率を測定した研究があります。

HOFFMAN, M. D., et al. Body composition of 161-km ultramarathoners. International journal of sports medicine, 2010, 31.02: 106-109.

下図は上記論文のFig. 2Bです。

図1.png

体脂肪率とフィニッシュタイムは相関があり、痩せている人ほど早い傾向があります。体脂肪率が低い人は体脂肪率6-10%の間にあります。体脂肪率10%弱は安全で、リーズナブルな目標に見えます。これはだいたい腹筋が横にはっきり割れるくらいの痩せ方です。

現状、体重65kg, 体脂肪率15%です。ここから体脂肪率10%切りを目指します。体重は61-62kgくらいのはずです。そのために私が実践していることを書きます。

 

レベル1 生活の中の無駄なカロリーを削る

生活を点検すると、特にランニングに資するわけではなく、喜びをもたらすわけではない「無意味なカロリー」があるはずです。私の場合は以下です。

  1. 職場にちょくちょく出現する手土産のお菓子
  2. 家で飲むビール、チューハイ
  3. ランニングの後のアイスクリーム、ビール
  4. 帰宅が遅くなるときの小腹満たしのポテトチップ

1-3は完全に無意味なのでゼロにすることにしました。4はお腹が減りすぎて頭がグラグラするため、ヘルシーかつ小さなポーションのものに置き換えます。コンビニのナッツです。ポテトチップと違い、食べかけで封ができるので5粒だけ食べてカバンにしまうことができます。また、繊維が豊富で大腸がんの抑制効果もありそうです。

これだけでも毎週1000kcal程度カットできると見込みました。しかし、これでは1kg体重を減らすのに2ヶ月かかる計算になります。これだけでは私の目標には不十分です。

レベル2 食事を減らす

単に食事を減らすだけではランニングの練習の質が落ちます。ですので、今までの食事量を参考に、食事を3種類に分けて考えます。

  1. 減量食(600 kcal)
  2. 普通食(800 kcal)
  3. ハッチャケ食(???? kcal)

基本を減量食としますが、例外を設けます。インターバル走とロング走の直前2食は普通食にします。運動の強度を保てないからです。ロング走の直後もリカバリーのため普通食にします。

インターバルとロングは週に1回ずつ入れているため、1週間のうち5食が普通食、16食が減量食になります。これで週に3200kcalの負債を作ることができます。

 

問題はハッチャケ食です。ハッチャケ食はだいたい外食なのですが私には2種類あります。

  1. トレーニングした後なので安心してラーメンに行った
  2. 飲み会など社交的な集まり

1は無意味なのでゼロにします。社交は重要ですので、2については場を壊さない程度にダメージコントロールするくらいでしょうか。

レベル1とレベル2を合わせると月に18,000kcalの負債を作れます。実際には完全にプランを守れないとしても、月に14,000kcal程度の負債は作れるはずです。すなわち、ランニングのトレーニング強度を維持しながらだいたい月に2kgずつ痩せられると見ています。2ヶ月後には目標を達成できるはずですが、どうなるでしょうか。