筋グリコーゲンを意識した練習

“Endurance is a metabolic quality”

「持久力とは代謝の性質である」

Steve House & Scott Johnston. Training for the Uphill Athletes (2019)

 

マラソンのトレーニングをして足が早くなった時、体のどこが変わったのでしょうか。心肺機能、という答えが多そうです。しかし、あなたが何年も走ってきたなら、心肺機能は発達しきっている可能性が高く、変わるのは主に筋肉です*。毛細血管の発達、ミトコンドリアの数の変化、代謝酵素の変化などが知られています(1)。すなわち、トレーニングすることで組織、細胞、分子のあらゆるレベルで筋肉に変化が起き、運動の効率が高まるのです。

この変化を誘導するには、何ヶ月〜何年も継続的に走ることが最も重要です。最近の研究で、筋肉のグリコーゲン量を意識することでトレーニングの効果が高まる可能性が示されています。

グリコーゲンはグルコースが連なった巨大な分子で、エネルギーの貯金のようなものです。グリコーゲンは肝臓と筋肉に貯蔵されており、それぞれ役割が異なります。

筋肉

朝起きたらお腹が減っています。この時、肝臓のグリコーゲンは減っていますが、筋グリコーゲンは減っていません。ですが、ハーフマラソンを完走した後や、インターバル走、ロング走をした後は筋グリコーゲンが減っています。筋グリコーゲンが減った状態で行う練習に効果があるのではないか、という研究が続いているのです。

有名なのがHansenらの研究です。運動習慣のない被験者を対象に片足を1日2回、週3回練習させ、もう片足を毎日1回、週5回練習させて結果を比べています(2)。被験者は朝食を食べずに練習し、その日の練習が終わるまで食事をとりません。どちらの足も2週間の練習は10回で同じです。ですが、10週後のトレーニングで1日2回側では、毎日側に比べて疲労するまでの時間が66%も長くなっていました。筋生検では1日2回側で筋グリコーゲン量、代謝酵素の上昇が見られました。

この差が出た原因として、1日2回練習する側では2回目の練習は筋グリコーゲンが減った状態で始まるからではないかと考えられています。すなわち、トレーニングや食事のタイミングを工夫して筋グリコーゲンの量を調節するだけで効果が高まる可能性を示唆しているのです。

この知見を活かすため、以下のような練習を週1回ほどいれてはどうでしょうか。こちらが巷で有名な”Sleep low”戦略です(3)。

  1. 夜にインターバル走して筋グリコーゲンを燃やす。その後は炭水化物の摂取は控えめに。次の日の朝、筋グリコーゲンが低い状態でジョギングする。

仕事や家庭のスケジュールによっては、夜=>朝練習はキツイかもしれません。休日をこのように計画することもできます。

  1. 休日、朝食を食べてからインターバル走・テンポ走などして筋グリコーゲンを燃やす。3,4時間休んでから改めてジョギングする。そのあと昼食を摂る。

いずれにしても、1回目のセッションの前はしっかり食べて、狙い通りの強度で練習をすることが重要です。

私が試した印象では、低グリコーゲン練習は100マイルレースの後半を走るときの感覚に近いと感じました。体だけでなく、精神も鍛えられるかもしれません。

 

*注 実際はより複雑です。トレーニングで脳神経系、内分泌系、免疫系にも変化が起こることが示唆されています。

 

  1. Hawley JA, Lundby C, Cotter JD, Burke LM. Maximizing Cellular Adaptation to Endurance Exercise in Skeletal Muscle. Cell Metab. 2018;27(5):962-76.
  2. Hansen AK, Fischer CP, Plomgaard P, Andersen JL, Saltin B, Pedersen BK. Skeletal muscle adaptation: training twice every second day vs. training once daily. J Appl Physiol (1985). 2005;98(1):93-9.
  3. Marquet LA, Brisswalter J, Louis J, Tiollier E, Burke LM, Hawley JA, et al. Enhanced Endurance Performance by Periodization of Carbohydrate Intake: “Sleep Low” Strategy. Med Sci Sports Exerc. 2016;48(4):663-72.

 

暑さに強い体を作る

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だんだん暑くなってきましたね。人間の体は暑さに慣れることができます。気温が上がってくる時期は、暑熱馴化(heat acclimatization)を意識したトレーニングが大事です。

暑熱馴化は50年以上の研究の歴史があります。暑熱馴化した体は

  1. 汗のナトリウム濃度が低く、
  2. 汗の量(sweat rate)が増え、
  3. 血漿量が増えています

3は説明が必要かもしれません。血液=血球+血漿です。血漿とは血液のうち液体の部分をさします。暑熱馴化した体では血漿が増える(=血液中の水分が多くなる)ことが繰り返し観察されています。体の表面の血流を増やして熱を逃がしやすくしたり、汗を作るための水をためる目的があると考えられています。

汗が増えている、というのも重要です。暑さに強い人は汗をかかない、水を飲まないイメージがありますが逆です。よく汗をかいて熱を逃がしているのです。ですので、暑熱馴化した体でも水分補給は重要です。

暑熱馴化を誘導するにはどうしたらいいのでしょうか。いろいろ研究されていますが、体温を上げるような内容の練習をほぼ毎日、1〜2時間程度するのはだいたい共通しています(1-3)。5日程度でも汗の量の変化は起きますし、10日~14日程度で最大の馴化を誘導できるようです(1, 2)。

ここから先はマラソン4時間以内、月200km以上走っているようなアスリートを念頭に書きます。このようなアスリートは暑い季節に普通に練習していれば、ある程度の暑熱馴化を獲得できているはずです。

ですが、現実に5~7月のレースではアスリートが暑さのせいで力を発揮できない、というのをよく見ます(i.e. 比叡山International Trail Run, 村岡ダブルマラソンなど)。それは、季節的に気温がだんだんと上がる時期であるため、普段の練習よりレースの日が暑いからではないかと考えています。

また、普段は朝や夜など涼しい時間に練習しているが、レースは直射日光が強い日中である、というのも似たような問題です。このように、普段の練習よりさらに暑い環境でレースがある場合は、意図的に暑熱順化を誘導するような練習を勧めます。

今まで述べたような、もともと暑い時期だが、さらにレースが暑いと予測される場合は以下のように練習を調節しています。

  1. 意識的に暑い時間帯に走る
  2. 練習の最初にインターバル走、スプリントを入れて体温を上げる
  3. 練習後にそのまま浴室暖房をつけたシャワーに入って体温が高い時間を伸ばす

これとは別のシナリオですが、暑い場所に旅行してレースに参加するのも暑熱馴化が大事になってきます(i.e. Ultra Trail Tai Mo Shan, OSJ 奄美トレイルランなど)。この場合は、私は以下のように対処しました

  1. フリースなどで厚着して走る
  2. ジムで長袖を着て走る

1は洗濯物が大変ですし、異様なのであまり勧めません。私はPatagonia R2 Jacketに某社の透湿性がほぼないソフトシェル(??)を重ねています。凄まじい蒸し暑さを体験できるので自信は付きます。

2はジムに通える環境であればやりやすいです。もともとジムの空調の設定はランナーには暑すぎるので、長袖を着なくても相当暑いです。また、練習後に汗を流してサウナに飛び込めば体温が高い時間をさらに延長できます。ただ、ジムのトレッドミルは使用時間に制限があることが多く、十分練習できないかもしれません。

この記事で述べた戦略はどれも私が実践しており、今まで私が暑いレースをうまくこなせた大きな要因と考えています。しかし、いずれの練習法も熱中症の危険があるため、体調を見ながら無理せず取り組んでください。熱中症は死ぬ可能性もある危険な病態であることを忘れないでください。以前に書きましたが、1回や2回スゴい練習をしても体は変わりません。継続的に取り組んだことだけが体を変えるのです。

参考文献

1.    Gibson OR, James CA, Mee JA, Willmott AGB, Turner G, Hayes M, et al. Heat alleviation strategies for athletic performance: A review and practitioner guidelines. Temperature (Austin). 2020;7(1):3-36.

2.    Karlsen A, Nybo L, Nørgaard SJ, Jensen MV, Bonne T, Racinais S. Time course of natural heat acclimatization in well-trained cyclists during a 2-week training camp in the heat. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports. 2015;25(S1):240-9.

3.    Racinais S, Périard JD, Karlsen A, Nybo L. Effect of heat and heat acclimatization on cycling time trial performance and pacing. Med Sci Sports Exerc. 2015;47(3):601-6.