ランニング本を読むのが好きです。特に良いと思ったのが Jack Daniel’s Running Formula 3rd Ed.とTraining for Uphill Athleteです。さて、いろいろ読むにつけ気づいたのが、よい本には普通のことばかり書いている、ということです。6週間でサブ3できる最新プロトコル!など載っていません。
ですので、足が早くなる方法についても凡庸な結論に至りました。ある程度走ってきたランナーがさらに走力を延ばすためには、持続的に有酸素運動の練習量を漸増するほかないだろう、ということです。持続的に、というのは週5,6回練習することであり、週単位での練習量に規則性、計画性があることであり、その状態を何年も続けることです。
初心者のうちはどのような形であれ、なんとなく走っていれば足が早くなります。しかし、それでは各人がもともと持っていたポテンシャルに達した段階で上達は止まります。何年か走ってきたランナーが、持続性、構造を欠いた状態でなんとなく走っていても、それ以上の上達は望めないのです。ただ、ポテンシャルには多寡があり、月100kmの練習量でも100マイルレースで好成績を収める人もいれば(実話です)、月700km走っても表彰台に登れない人もいるでしょう。
さて、週末に皆が集まって6時間なり10時間なりトレイルランニングする・・・楽しいものです。このようなスペシャル練習を楽しい思い出作りだけでなく、より強いランナーになるのに役立てるにはどうしたらよいでしょうか。私が考える4原則があります。
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止まらない
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追い込まない
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意識する
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計画する
止まらない
有酸素セッションの刺激は、有酸素運動をしていた時間に比例します。貴重な週末を使って練習に来ているのです。1時間ごとに5分止まっていては、練習時間が8%減ります。また、ほとんどのレースでは、次のエイドまで何時間か空くものです。レースで1,2時間ごとに止まるでしょうか。走り続ける感覚を身につけるためにも、できるだけ止まらないのがいいでしょう。
追い込まない
「心拍を上げて追い込みました!いい練習でした!」といった話をよく聞きます。ここに向上を妨げる深刻な勘違いがあるように思うのです。練習は適応ストレスを作って、体がそれに適応し、走力を改善するために行うのです。仮に、あるセッションがゾーン4のインターバル走であれば、「心拍を上げる」ことは極めて重要でしょうし、インターバル走はしんどいですから、それなりに「追い込まれる」でしょう。
週末のロング走は定義的に長時間の練習です。そこでの目標は有酸素運動の能力を改善することであり、「心拍を上げ」ていては、そもそも意図した効果を得られません。
さらに、「追い込む」という考えは有害ですらあります。これがベンチプレスであれば「追い込む」ことで目的とする筋肥大を得られるでしょう。ロング走で「追い込む」ことに意味があるのでしょうか。私ははっきりと、ないと考えます。前述したように有酸素運動の能力を改善する鍵は持続性と計画性です。「追い込む」スペシャル練習のために次の日の練習量が落ちたり、あるいはスペシャル練習に備えて練習量を抑える必要があるようでは、走力が低下する懸念すらあります。
週末のスペシャル練習を体力向上につなげる秘訣は、十分な時間、快適なペースで体を動かし、過度に疲労を残さないことだと考えます。それにより大きな適応ストレスを作り出す一方で、あまり疲労を残さず次の日もトレーニングをつづけられるのです。
エンデュランス・アスリートにとってロング走のセッションで「追い込む」ことを有益と信じる根拠は全くないです。「追い込む」べきところがあるとすれば、普段の生活で練習時間を捻出するのに追い込まれたり、インターバル走やウェイトトレーニングといった高強度セッションで追い込むのがいいでしょう。
意識する
ではぼんやり楽に走ったらいいのかというとそうではありません。自分の走りを意識するのが、スペシャル練習では特に大事と考えます。ほとんどのトレイランナーは、平日トレイルを走っていないのではないでしょうか。スペシャル練習はトレイルでのテクニックを改善する貴重な機会です。トレイルと舗装路では、筋肉の動員のパターンが異なり、トレイルでは固有の道具を使います。ターゲットとするレースがあるのであれば、そのレースで使うバッグ、ギアを背負って練習したいです。荷物の多寡により体の重心が変わるからです。もしポールを使う予定であればポールも使いましょう。
走りに集中し、以下のような質問を考えてみてください
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この角度では、歩くのと走るののどちらが楽だろうか
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登りで最初に疲れてくる筋肉はどこか
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この速度で坂を下ると足がどのくらい疲れるか
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ポールをつく位置はこれでよいか
こういったことを意識して走ることで、有酸素運動の能力を改善するだけでなく、自分の弱点を把握したり、レースに向けての技術を向上させられます。
計画する
スペシャル練習の前にやるべきことなので、本来は1番目に来るべき項目です。しかし、今までの話を踏まえての項目なので、あえて最後に回しました。前半に、週単位での練習量に計画性を持たせるのが重要と述べました。スペシャル練習がその計画のなかでどう収まるか考えておいた方がいいです。例えば、5時間のスペシャル練習を予定するならば、すくなくともその週は11時間の週と考えた方がいいでしょう。Training for Uphill Athleteでは、トレーニングの週単位での持続性を維持するためには、1回のロング走を週の40%以下に抑えることを勧めているからです。Jack Danielのプランも同様の構造をしています。週11時間の練習をしない選手はその週に向けて練習量を漸増し、体が適応できるか見てみるのがいいでしょう。そうすると、その前の週は10時間、2週前は9時間・・・といった具合に計画が定まってきます。
では、ベースの練習量がたとえば週平均5時間程度の人はどうしたらいいでしょうか。私はスペシャル練習をさっさと切り上げるべきだと考えます。スペシャル練習日に向けて週5時間、週5.5時間、週6時間・と伸ばしてスペシャルの週が週6時間を計画したとしましょう。
スペシャルの週は非常に高い負荷になりますから、スペシャル練習を2, 3時間程度で切り上げる方が、次の週への影響が少なく、その人の体力向上に有益と考えます。
なぜなら、週5時間ランナーがスペシャル練習を完遂すると非常に高い確率で次の週の練習量が落ちるからです。仮に頑張って次の週も週5時間で再開したとしても、週5時間がベースの人が、1週間だけ週10時間の練習をしたところで体が適応する有益な刺激を得られるとは考えにくいです。怪我のリスクも高いでしょう。以上の理由で、スペシャル練習で5時間なり10時間なり頑張っても、週5時間ランナーの体力向上につながるとは想像しにくいのです。10時間走ると達成感がありスカッとはするでしょうが、そのセッションは走力向上よりは一時の満足を目的とする遊びになってしまいます。
では、練習量の少ないアスリートは10時間練習をしない方がいいのでしょうか。10時間練習が有益な場合もある、と考えます。それは長時間レースの経験の少ないアスリートが、レースに備えて技術的な訓練をしたい場合です。レースの2~3か月前に、道具のテストや長時間動いた時の体調の変化を経験するために、長時間の練習をするのは有益でしょう。しかし、そのセッションすら実戦を意識すべきで、「追い込む」とか「心拍数を上げる」というのはスコープにありません。100マイルレースなり100kmレースなり目標レースの想定ペースで練習し、体調の変化を確認するのがいいでしょう。うまくいけば大いに自信がつくことでしょう。
結論として、皆で走るのは非常に楽しいし社交の機会でもあります。大いに活用したらいいと思うのですが、各人の体、ニーズが異なるために、画一的な目標の設定は無意味、あるいは有害です。自分の練習量、フィットネス、目標に合わせて練習時間、ペースを設定するのが重要です。どんなにすごいスペシャル練習だったとしても、1日の練習で目に見える変化を得るのは不可能で、その1日を含む週、月の練習計画が違いを生むのです。ある1日追い込んだ!すごく走った!でその前後の日のトレーニングが減っているようでは、全体としての効果はマイナスです。週、月単位での練習計画の中にスペシャル練習をフィットさせる工夫が必要です。
以上を勘案すると、個人ごとの調節がしにくいツーリング形式よりはループや往復コースのような形式の方が有益なスペシャル練習になるだろうと考えます。