Tor des geants を90時間以内に完走するために必要なものは何か

去年、Tor des geantに出場した方から依頼があり、公表されているリザルトを解析した。その結果を報告し、90時間を切るために必要なものは何かを考察する。

Tor des geants 2017には867人の出場者に対し、完走したのは461人(53.2%)だった。完走タイムの中央値は134時間36分(5.5日!)だった。完走タイムの分布は3つのピークを示していた。ピークの間隔は22~23時間であった。どこかを昼に通過することを選手が選好した結果このような分布を示したのかもしれない。90時間未満、90~115時間、115~138時間、138時間以上の4群(それぞれ1群、2群、3群、4群とする)に分けて解析することとした。

休憩時間は138時間以内の群でフィニッシュ時間と相関する

休憩時間の合計の中央値は各群でそれぞれ3時間1分、9時間41分、15時間48分、15時間58分だった。1群の選手の休憩時間の短さが際立つ。一方、3群と4群の休憩時間は大きく変わらない。これは関門時間の影響か、エイドの環境が劣悪で一定以上長く滞在するのが難しいからかもしれない。

1群の選手にも後半は短い仮眠をとる者がいる

各ポイントでの休憩時間を示す。3群(ネイビー)の選手に比べ、1群選手(選手ごとに色を変えている;凡例参照)は休憩時間が短い。1群選手は前半のエイドを30分以内に出ており最低限の補給を済ませてエイドを出ていることが窺われる。後半では1群選手の中にも2~3時間の休憩をとる者も合われる。仮眠をとっているものと思われる。前半はできるだけ素早くエイドを出る必要があるが、後半は2時間程度の休憩をとっても十分90時間を切れるといえる。

3群の選手が90時間以内にフィニッシュするためには休憩時間を切り詰める必要がある

3群の選手が90時間以内にフィニッシュするための改善点を考える。90時間切りが目的なので表彰台に登る選手は参考にならないであろう。80~90時間にゴールした選手6人に着目する。休憩時間合計の中央値は3時間34分であった。Tier3の選手の休憩時間中央値が15時間48分であるので、休憩時間を切り詰めることで12時間削減できることになる。Tier3の選手が90時間内を目指すには全体で35時間削減する必要がある。すなわち休憩時間の削減でそのうち34%を達成できることになる。のこり66%は走る速度の違いから来ている。その点を後述する。

3時間34分の休憩時間とは具体的にどのようなレースなのか。80~90時間にゴールした選手のポイントごとの休憩時間を箱ひげ図で示す。各エイドで前半30分以内、後半は30分~45分の休憩を基本とし、一回だけ1時間超の仮眠をとるようなレース運びが妥当と思われる。

フィニッシュタイムを決めるのは走るスピードである

区間のスピードを群ごとに示す。各ポイントの速度は直前の計時ポイントの間のスピードを表している(例:Cognesの速度はValnontey – Cognesの区間の速度を表す)。全体的に1群のスピードが極めて速い。すべての群で170km以後は大きく減速している。1群の選手は前半の速度が特に早く、170km以後の減速が大きい。1群の選手の速度が特に早い箇所が前半に何か所かある。

1群の区間タイム中央値を基準に、各群で何倍の時間がかかったのかを示す。興味深いことに、どの群も1群に対し苦手なセクションはだいたい同じである。NIELやCOGNEは大きな下りのセクションであり1群は4群の2倍近い速度で動いている。例外はVALGRISENCHEであるが、下り基調の山岳地帯の後、7kmの平坦な道が続く区間である。1群とそれ以外の差がつくのは「走れる区間」であることが窺われる。

結論として、90時間以内のランナーはかなり移動時間が速く、特に下り~平坦な区間の速度が際立つ。前半につっこみ、後半に失速するペース配分となっている。90時間切りを目指すには、前半の上り基調の区間は時速6km, 下り基調~走れる区間は時速7.5kmを維持する必要がある。後半での失速は避けられず、時速4km程度を維持出来たら十分である。

90時間を切るための戦略

  • 最初の160kmは上り区間で時速6km, 下り区間~平坦な区間で時速7.5kmを維持する
  • 前半の休憩は30分以内、後半の休憩は1時間以内とする。1回だけ1~2時間の休憩をとる

結語

UTMF2017に続いて、Tor des geants 2017の解析を行い改めて感じたのが、トップ選手は足が速い、ということである。休憩時間を削るような戦術的な工夫ももちろん必要であるが、トップ選手の速さの2~3割程度しか説明できない。トップ選手の記録の多くは足が速いことに起因している。

100マイルレースの練習、となると長い時間ゆっくりと動く練習や、峠走で頑張って坂を上るような練習に着目しがちである。しかし大きなレベルアップを目指すなら、

  1. 心肺能力を大きく上げるような練習
  2. 下りを早く走る練習

が不可欠であろう。すなわち、1に対してはインターバル走やペース走を積極的にやる必要があるだろうし、2の改善を目指すなら、峠走で注力すべきは上りではなく下りなのではないか。そのような印象を持った。

数字で読み解くUTMF2018 その1

天気に恵まれなかったUTMF2015, UTMF2016とうって変わり、UTMF2018は晴天に恵まれ成功裏に終わった。今回、妻のサポーターという形で参加し、大変思い出深い経験となった。UTMFは計時がしっかりしておりデータが豊富である。公表されているデータを分析した結果を報告したい。

総括

1480人が参加し(DNS除く)、1077人(72.8%)が完走した。優勝選手のフィニッシュタイムは19時間21分、フィニッシュタイムの中央値は41時間58分だった。

男女別にみると男性完走者が1230人中900人(73.2%)に対し、女性完走者が250人中177人(70.8%)であった。男性のフィニッシュタイム中央値が41時間41分に対し、女性の43時間7分であった。男性のフィニッシュタイムは女性より有意に短かった(p < 0.001, Mann-Whitney U-test)。男女隔てなく設定された厳しい資格を満たした選手集団から公平に抽選したとすると、男女のパフォーマンスの差が大きいのは違和感がある。

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優勝選手は19時間21分で完走したが、一般選手はどうなのか。40時間以内にゴールしたのは男性で28.6%, 女性で19.6%であった。多くの選手はトップ選手の2倍以上の時間をかけてゴールしており、エリート選手と一般選手では全く違うレースをやっていたといっても過言ではない。早い選手と遅い選手の何が異なるのかを考察する。

早い選手はどう違うのか?

UTMFでは、ほとんどのエイドで入った時刻と出た時刻が記録されている。したがって、エイドに滞在した時間(=休憩時間)と、エイド間を走っていた時間(=移動時間)を分けて集計することができる。移動時間と休憩時間それぞれについて分析した。

休憩時間とタイムの関係

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休憩時間の合計とフィニッシュタイムは比例関係にある。トップ選手は休憩時間が短い。トップ20位の選手の休憩時間は平均45分だったのに対し、40時間以上の選手では休憩時間が平均4時間48分であった。

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興味深いことに、早い選手はフィニッシュタイムに占める休憩時間の割合も少ない。トップ20位の選手ではフィニッシュタイムに対する休憩時間の割合は平均3.0%だったのに対し、40時間以上の選手では平均11.2%に達する。トップ選手は休憩時間を相当切り詰めて走っていることが窺われる。一方、一般選手は二晩動く必要があり、仮眠を要するのでなおさら休憩時間が増えることが想像される。

休憩時間を削る余地はあるのか

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一般選手は休憩時間が長いことが分かったが、これを削る余地はないのか。フィニッシュタイム35時間~46時間のあたりに着目すると興味深い傾向が見える。

  1. フィニッシュタイム39時間~42時間にかけて休憩時間の合計が急に増える。
  2. 45時間~46時間にかけては休憩時間が減っている。

レース当日は39時間くらいで夜が明けたことを考えると、これらの傾向は選手が休憩時間を調節したあとなのではないか。すなわち、

  1. フィニッシュタイム39時間~42時間の選手は夜明けにゴールできるように休憩を長めにとっていた。
  2. フィニッシュタイム45~46時間の選手は最も走力が無いため、休憩時間を切り詰めて進んでいた。

これらが真とすると休憩時間は気持ち次第で短くも長くもできると推測される。私は少々休憩して足が速くなったとか、体力が回復したとか感じたことはない。トップ選手に倣って休憩時間を切り詰めるだけで数時間は短縮を望めるわけで、一般選手はもっと休憩時間を切り詰めるのがよいと考える。

走る速度と順位の関係

次に速度に着目してみる。休憩時間を含まない実質移動時間を累積距離で線形回帰するモデルを選手毎に作成する。順位にかかわらずモデルの適合度は極めて高い(r2 > 0.96)。休憩時間を除外した累積時間は距離と単純比例することがわかる。

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次に残差を計測地点、選手ごとにプロットする。どの選手でも忍野以後の区間で残差が大きい(=予測より時間がかかっている)。残差が最も大きいのは二十曲り峠~富士吉田の区間であり杓子山越えの厳しさを反映しているものと思われる。

上位の選手と下位の選手で残差の出方にパターンがないか見てみる。興味深いことに、下位の選手はスタート~A1富士宮区間の残差が最も負に大きい(=予測より早い)。下位の選手の残差は、中盤に明確なパターンはないが、A7山中湖きらら以後に最も正に大きくなる(=予測より遅い)。一方、上位選手では全体的に残差が最も少なく、比較的一定のスピードで進んでいることが窺われる。下位の選手と上位の選手を比べると、序盤の20kmをオーバーペースで走った選手は110km地点以後にツケを払っているのだとも解釈できる。

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最後に休憩時間を除いた実質の移動速度に着目する。上位数名はなんと時速10km以上でずっと動いている。杓子山の険しさを思うととても信じられない。男女それぞれの100位以内の選手を赤色で示す。男子の100位以内は時速6km以上で動いている。一方、40時間強の一般選手の移動速度は時速4-5km程度である。一般選手にとってUTMFは走る、というよりウォーキング+下り坂のジョグなのだ。

UTMF上位勢は一般選手の2倍以上の速度で走っており、失速もしない。根本的な走力が異なる人種であると思われる。

休憩時間と移動時間を総合してわかること

ディラン・ボウマンが19時間でフィニッシュする一方、一般ランナーのタイムは42時間程度である。この23時間はどこから来るのか。今までの分析を総合すると、23時間のうち、4時間は休憩時間の長さに起因し、残りの19時間はディラン・ボウマンの方が2倍以上の速度で走っているからである。人間の能力が個人間で2倍以上の差が開くことはめったにない。UTMFに上位入賞するのは尋常ではないと改めて分かった。

一般ランナーたる私が学べることは何か。

  1. 100マイルレースでは休憩時間が莫大になる。意識して削ると数時間はタイムが縮む。
  2. 最初の区間で飛ばすと後々悪影響が出るらしい。適切なペースを意識して、控えめに入ろう。
  3. 記録を大きく伸ばすには、日々の鍛錬で速く走る力を伸ばす必要がある。心肺能力やランニングエコノミーの改善が不可欠であろう。

1は実践が容易だが、2で述べた「適切なペース」とは何なのか。3の走力を伸ばす鍛錬とは何なのか。次の機会に考究したい。